小説を書こうとしている人や、すでに書いていてそれを職業にしようとしている人たちは、いろんな賞に応募したりしていると思います。わたしの友人も、その中のひとりなのですが、数年前に応募したある賞で、いいところまでいったそうです。その後、その友人には根強いファンがついてくれて、そのファンの力によって、今は小説を書きながら生活をしています。小説は、受け入れやすさから実にさまざまな賞やイベントが用意されているものだと思います。年間通して実に多くの応募などがある小説は、一度、自分で物語を作り上げる楽しさを味わった人などは、応募したくなるものではないかと思います。それは、自分の周りの人に作品を見せるというだけではなく、「評価されたらどういうものなのだろう」という気持ちからのものが多いような気がします。そしてそれが、なんらかの賞になるのなら、その喜びというものはとても大きなものになり、それはそのまま自信に繋がると思います。本気で小説家を考えている人には、とても大きな登竜門になっていると思います。周りの人にいくらほめられている作品でも、賞をとる、とらないでは、その後の未来というのは大きく違ってくるのです。わたしは、賞の基準というのは全くわかりませんが、自分の中から生まれてくるものを文字におこして書き続けるということは、とても労力のいることだと思います。ひとつの話を考えるだけでも、すごいと思ってしまいます。
小説とは、読んで字のごとく「小さなお話」のことです。一般に小説と対比されるのは物語です。というよりも物語が先に生まれ、小説は後から出てきました。物語とは、たくさんの人々が共有する大きなお話のことです。あるコミュニティは、この物語によってその地域の秩序を保っていました。
そうそう小説と言えば、ここ最近「自分のブログを本にしませんか」みたいな広告を見て、え。そんな時代が来たんだなんてびっくりさせられたのを覚えてますけど、そんな小説見たいなブログなんて書いてないしな。そうそう思った反面、そんなに簡単に本なんて出せんのかよって思った。そう今なら出せるですね「電子書籍」として。であれば、そんなに難しい工程を踏まずとも「本」として出版できるチャンスが舞いこんでくるわけですね。しかし、ブログから小説なんてことは既に当たり前になっていたのを忘れていました。
私が小説を読め始めたのは中学生の頃で、祖父から外国の小説を読んでみればと渡されたのがきっかけでした。小説というのは実によくできていて、登場人物の心情描写や、その背景にある情景描写などが読者にイメージしやすいようにリアリティに書かれている。そしてそれは日常では有り得ないような設定だったりして、魅力的に書かれている。当然魅力がないと誰もその小説を読まないわけだからおもしろおかしい設定であることにはちがいない。小説っていうのは自分の心にも影響を与える。愛や希望や笑いがあれば、どす黒い陰謀や妬みや怒りや狂気に満ちた普通の人では理解できないものもある。
小説家といえば、一昔前までは、文豪と呼ばれ、先生と呼ばれていたものでした。職業小説家になるためには、人よりも優れた文章能力や発想力が必要とされ、なかなか市井の人がなれるものではないイメージが強いものでした。一昔前まで、小説家になるというのは、有名な小説家の先生のところに書生として入り、文章の勉強をしたり、出版社の人に顔を知ってもらったりしたものでした。しかし、時代は変わり、今では小説家になる方法も多種多様になってきています。まずは、小説家になるための素質の問題になるのですが、文章を書くことが好きでなければなりません。
小説家になりたいと思う人はたくさんいらっしゃることでしょう。お勧めするのは、まず小説をいきなり書き始めるのではなく、既に書かれた作品をとにかくたくさん読むことです。小説家になりたいと思ったからには好きな作家さんの一人や二人いるからこそ、憧れて小説を書いてみようと思うことでしょう。しかし、小説家として生計を立てるには様々なジャンルの小説を書ける必要があります。今まで読んだことがないジャンルの小説にも挑戦して読んでみましょう。様々な小説を読むと、こんな書き方もあるのかと、目から鱗の体験もあるでしょう。