人間を描いていない似非小説の流行-小説談義が尽きなかった後輩の彼女|小説を通して

人間を描いていない似非小説の流行

数年前、出す本出す本がベストセラーになっているような、ある若い女性作家の小説を読みました。売れている作家さんだけにもちろん期待が大きかったのですが、読後の感想は非常に落胆して、また怒りも感じました。落胆したというのはもちろん大変につまらなかったということなのですが、怒りというのは何に向けられたものかというと、正直私にはそのベストセラー小説が、小説の体を成しているものには感じられなかったのです。いいところ学生が同人誌に発表したレベルのものでした。

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その作家さんは抒情的な描写に対して評価の高い人だったのですが、たしかに情緒を掻き立てるような描写は技巧に長けているといえるものでしたし、文学者らしい語彙の豊かさ、確かさもありました。ですが、根本的な問題として、人間が人間としてちゃんと描かれていない、ということがありました。登場人物たちの心の交流の機微が美しい言葉で綴られているのですが、そこに人の深い感情、魂を感じ取ることは私にはまったくできませんでした。登場人物たちの魅力もとても表面的なものでした。

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こうした、確かな人間の存在のない、軽薄なニューミュージックのような表層的な情緒をしつこく描いたようなこんな小説を自分と同世代の多くの人がありがたがっているのかと思うと、なんだか落ち込むような気持ちにもなりました。こうした風潮として諦めるしかないのでしょうか。でもこうした小説が広く受け入れられる背景には、今の人達の多くが、人間というものを確かに描いた、小説、映画、漫画等に接しそうしたものを見抜く訓練が実はあまりなされていないのかなとも感じています。

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